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福岡高等裁判所 昭和60年(ネ)296号 判決 1987年12月10日

控訴人 亡徳丸生路訴訟承継人徳丸安枝

被控訴人 国

代理人 金子順一 坂本誠 ほか二名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張の関係は、原判決三枚目表九行目の「被告」を「亡徳丸」に、同四枚目裏二行目の「三抗弁」から同七枚目裏二行目の「否認ないし争う。」までを次のとおりそれぞれ改めるほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

「三 抗弁

1  事業団の亡徳丸に対する不法行為に基づく本件損害賠償債権は、<1>本件不法行為の日である昭和四七年六月四日、または、<2>今村正己(以下「今村」という。)が事業団の代表取締役に就任した昭和四九年八月三〇日ないし、<3>亡徳丸が起訴された昭和五〇年一一月二一日から各三年の経過により時効によつて消滅したので本訴において右消滅時効を援用する。

なお、事業団のもと代表取締役森は、亡徳丸らに対して本件損害賠償請求権を行使することは、法律上も事実上も可能であつた。すなわち、事業団は、昭和四九年二月別府税務署に対し四〇〇〇万円の売上除外をしてしかるべき税金を免れたとして自発的に申告し、右申告に基づき別府税務署は、事業団やその親会社ともいうべき安岐町農業共同組合、銀行等に対し大掛かりな税務調査を実施した。かくして、本件は事業団やその関係者はもとより、安岐町農業共同組合とその関係者にとつては周知の事実であつた。このように事業団の関係者の多くが本件事件を知つていた場合には、事業団の代表取締役が共同不法行為者であつても、消滅時効を不法行為の時から進行することにして、早期に法律関係を安定させることが消滅時効制度の趣旨に合致するものである。

2  今村は、昭和五〇年一〇月一四日事業団の代表清算人の資格で森と亡徳丸の二人に対し、二人は共謀して本件四〇〇〇万円を事業団に入金せずに損害を加えた旨の被害届を国東警察署に提出している。

したがつて、今村は遅くとも昭和五〇年一〇月一四日には本件不法行為を知つたのであるから、同日から三年の経過により本件損害賠償債権は時効消滅しているので、これを本訴において援用する。

3  被控訴人(別府税務署長)は、昭和四九年六月二七日頃事業団の昭和四七年度の法人税の算定について、亡徳丸らを質問検査した結果に基づき、事業団に対し、本件土地の売買差益金四〇〇〇万円を事業団の同年度の収入に計上すべきであるとして、その売買経費八〇〇万円を差し引いた三二〇〇万円について申告脱漏を指摘し、右同額を加えた収入の修正申告を勧告し、事業団をして、これに従つた同年度の法人税の修正申告をさせておきながら、本訴において、右修正申告勧告の事実と相反する事実(請求原因2)を主張することは、禁反言の法理、信義誠実の原則に反するものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、本件不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点が昭和四七年六月四日、または、昭和四九年八月三〇日であるとする点は否認する。すなわち、

(一)  法人について、民法七二四条に定める時効起算時である「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、当該不法行為による損害賠償請求権について正当に該法人を代表し、右請求権を行使しうる者において該損害及び加害者を知つたときと解すべきところ、本件では、事業団の代表取締役森は亡徳丸と共に共同不法行為者であるから、右森の認識をもつて事業団のそれを決することはできない。すなわち、民法七二四条は、同法一六六条一項の特別規定であつて、右規定の趣旨は、不法行為に基づいて発生する損害賠償請求権においては、被害者側で損害の発生や賠償請求の相手方を知らない場合があるので、損害及び加害者の不知という事実上の障碍をもつて時効の進行を妨げる事由としたことにある。そして、被害者が法人である場合は、法人の代表機関ないし実際の職務担当者がこれを知ることによつて、時効が進行することになるとされている(大審院判決昭和一三年九月一〇日民集一七巻一七三一頁)。しかしながら、このことは法人の代表機関が知れば直ちに時効が進行することになるということを意味するものではない。つまり、右に引用した判例は、法人の代表機関でなくとも、損害事故につき調査報告をなす職務権限を有する者が知れば、法人としての損害賠償請求権の権利行使が現実に期待できる状態になつたこと、すなわち、権利行使について事実上の障碍が排除されたことになるとして、時効の進行を認めたものである。これを本件についてみると、本件は被害者である法人の代表取締役森が、当該不法行為による損害賠償請求権の相手方である加害者亡徳丸と共同不法行為の関係に立ち、かつ、右代表取締役以外の取締役、株主らにおいて損害及び加害者を知らないという事案であり、法人の代表取締役森が共同不法行為者として損害及び加害者を知つているとしても、右代表取締役森が、加害者である自己の不法行為性を暴露し、共同不法行為者亡徳丸に対し損害賠償請求権を行使するということは、社会通念上期待しえないことは明らかであるから、右代表取締役森の認識をもつて事実上の障碍が排除されたものということはできず、民法七二四条にいう被害者が損害及び加害者を知つたとすることはできない。

したがつて、昭和四七年六月四日当時の事業団の代表取締役森が該損害及び加害者を知つていた時点を消滅時効の起算点とし、これを前提とする控訴人の主張は失当である。

(二)  本件では、事業団のその後の代表者が本件不法行為の加害者及び損害を了知した時から民法七二四条の消滅時効が進行するというべく、その時点は、早くとも刑事事件として本件が発覚し、亡徳丸が逮捕された時である昭和五〇年一〇月三〇日であるか、もしくは、同人が背任罪で起訴された同年一一月二一日のいずれかである。

なお、本件不法行為時においては、事業団の当時の従業員を含む他の取締役らは、本件不法行為の加害者及び損害を了知しておらず、これらの者が右事実を了知した時点も、前記の各時点のいずれかであり、右時点をもつて消滅時効の起算点とすべきである。

2  抗弁2、3の主張は争う。

五  再抗弁

1  前項1(二)に主張の事実を前提とするとき、次の事実によつて消滅時効は中断された。

(一)  被控訴人は、前示(請求原因3)のとおり、本件租税債権を徴収するため昭和五一年二月二七日事業団が亡徳丸に対して有する請求原因2記載の損害賠償債権(以下「本件損害賠償債権」という)を差し押さえたが、右差押により、請求債権である租税債権のみならず被差押債権である本件損害賠償債権についても時効が中断したものというべきである。

(二)(1)  事業団は、亡徳丸を債務者として昭和五一年三月三〇日大分地方裁判所杵築支部に対し、本件不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全権利とする不動産仮差押命令の申請(亡徳丸所有の不動産三一筆)をし、同裁判所支部は、同日その旨の仮差押決定(昭和五一年(ヨ)第二号)をなした。

(2) 被控訴人は、事業団の仮差押申請により生じた時効中断の効力が有効に持続していた昭和五四年八月二〇日に本件損害賠償債権の取立訴訟を提起したのであるから、これにより新たに時効中断の効力が発生し、持続している。

(3) 前記仮差押申請には少なくとも裁判上の催告も含まれていると解すべきであり、しかも右催告の効力は、仮差押決定が取り消されるまではその効力を持続すると解すべきところ、被控訴人は、後記の仮差押取消判決がなされる前に本件損害賠償債権の取立訴訟を提起したのであるから、同判決は時効中断の効力には影響がない。

(4) なお、本件において被控訴人が前記仮差押による時効中断の効果を主張しうるためには、民法一四八条の解釈上被控訴人が事業団の承継人に当たるとされなければならないところ、国税徴収法による取立権者も民事執行法上の転付命令を得た差押債権者と同様、民法一四八条にいう承継人として時効中断の効果を主張しうると解する。

(5) 前記仮差押は、控訴人が再々抗弁で主張するように、昭和六一年八月二五日福岡高等裁判所において仮差押債権者の本案起訴命令違反を理由に取り消され、同判決は確定した。しかしながら、右仮差押による本件時効中断の効力は、民法一五四条によつて効力が生じなかつたこととなるのではない。すなわち、民法は時効中断の事由を一四七条各号に規定し、一四九条ないし一五五条において時効中断の効力発生の障害事由を規定しているが、この障害事由には、絶対的障害事由(例えば、一四九条、一五一条、一五三条)と相対的障害事由(例えば、一五〇条、一五二条、一五四条)とがあり、民法一五四条の規定する差押等の時効中断効の障害事由は相対的障害事由であると解されるので、差押等の存在を時効中断事由として主張する者自身の請求によつて当該差押等が取り消された場合、または、同人自身が法律の規定に従わなかつたことによつて当該差押等が取り消された場合に限つて、同人に対しては同条によつて差押等の時効中断効が否定されると解するのが相当である。そうだとすれば、本件仮差押の取消は、仮差押債権者が本案起訴命令に従わなかつたことを理由に取り消されたものであつて、被控訴人の請求によつて取り消されたのではないことはもとより、被控訴人が法律の規定に従わなかつたことによつて取り消されたものでもないから、民法一五四条所定の事由があつたものとはいえない。したがつて、本件仮差押による本件取立債権についての消滅時効中断の効力は、本件仮差押の登記が抹消された時まで続いていたものというべく、一方、被控訴人は、本件仮差押の登記が抹消される以前に本件取立訴訟を提起しているのであるから、本件取立債権の消滅時効はいまだ完成していないというべきである。

2  仮に、民法七二四条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル」者とは、当該法人の代表者であれば足り、従つて本件では森が損害及び加害者を知れば足りるとして、本件損害賠償債権につき消滅時効が形式的成立をみるとしても、本件においては被害者(権利行使すべきもの)側として、その認識主体となるべき森自身が同時に亡徳丸との共同加害者(権利行使されるべき者)という立場を兼備しているのであつて、右請求権者である事業団が該請求権を行使しうる法的状態になかつたため、時効期間を徒過したという状況にあつたのであるから、本件において控訴人が消滅時効を援用することは信義則に反し、権利の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(一)の事実中、本件損害賠償債権の差押通知書が亡徳丸に送達されたことは認めるが、右差押が本件損害賠償債権についての時効中断事由となる旨の主張は争う。

2  同1(二)の(1)の事実は認め、(2)ないし(5)の主張は争う。

3  同2の事実は否認し、主張は争う。

七  再々抗弁

1  事業団は解散決議をしたことはなく、したがつて、今村を清算人に選任したこともない。よつて、再抗弁一(二)(1)の不動産仮差押申請は、なんら代表資格のない同人が事業団の代表清算人としてなした申請であつて無効であるから、右申請を前提とする本件仮差押決定もまた無効であり、時効を中断する効力は存しない。

2  本件仮差押決定は、昭和六一年八月二五日に言い渡された福岡高等裁判所昭和六〇年(ネ)第五九八号仮差押取消申立控訴事件の判決により取り消され、同判決は同年九月一一日に確定した。

したがつて、右仮差押決定には時効中断の効力はない。

八  再々抗弁に対する認否

1  再々抗弁1の事実は否認し、主張は争う。

事業団の株主総会は昭和四九年一〇月一九日に適法に開催されて、解散決議がなされ、当時の代表取締役であつた今村のほか財前政勝が清算人に選任され、同月二八日大分地方法務局杵築支局においてその旨登記された。

2  同2の事実は認め、時効中断の効力を失うことは争う。」

三 証拠 <略>

理由

一  請求原因等に対する判断

当裁判所も、次のとおり改めるほかは、被控訴人の請求原因及び控訴人の証拠抗弁につき、原審と事実上及び法律上の判断を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決理由一、二)を引用する。

1  原判決九枚目表一一行目の「甲第四号証の一ないし五、」の次に「第五号証、第六号証の一、二、」を、同九枚目裏二行目の「ないし三、」の次に「第三〇号証、」を各加え、同行目の「乙第一九号証、」を「原本の存在及び成立ともに争いのない乙第一九号証、甲第二七号証(一部)、」と改め、同九枚目裏四行目の「第二一号証の各二、」の次に「第二二号証」を、同行目の「第二三号証の一ないし六」の次に「、第二九号証、」を、同一一枚目裏五行目の「同人らは、」の次に「訴外尾野盛を介して」を各加え、同一三枚目表二行目の「成立に争いのない」を削る。

2  同一三枚目表四、五行目の「他に右認定を左右するに足る証拠はない。」の次に、次のとおり加える。

「もつとも、事業団が被つた損害額の点について、成立に争いのない乙第三四号証(大分県警察本部刑事部捜査第二課吉良警部ら作成の昭和五〇年一一月二一日報告書)には、<1>手付金三七〇〇万円の小切手は肥後相互銀行大分支店から取立に回り、昭和四七年六月九日に一七万三七〇〇円と三〇〇万円の計三一七万三七〇〇円、また、同年六月一〇日には二〇〇〇万円、一二〇〇万円、一八二万六三〇〇円の計三三八二万六三〇〇円が払い出されており、二日間で三七〇〇万円全額が事業団に返されている旨の記載があり、<2>嵯峨建設から振り出された六〇〇〇万円の小切手について、七月五日に光輪の普通預金口座に入金され、七月七日に内金三七〇〇万円が光輪の当座預金口座に振替えられて同社社長安東振出の小切手により、同日払い出されていること、同小切手の裏書人は事業団代表取締役森であり、肥後相互銀行大分支店から現金で払い出されていること、残りの二三〇〇万円のうち二一〇二万三六八六円が翌七月八日に光輪の普通預金から当座預金に振り替えられ、同日光輪振出の六枚の小切手によつて計二一〇二万三六八六円が振り出されていること、右六枚の裏書人は架空名義になつているが、全額事業団に返されていることは確実である旨の記載がある。しかしながら、右<1>の点について、同報告書には他方において「この六月一〇日に払い出した現金合計三三八二万六三〇〇円の中の一〇〇〇万円が、その日に森文男から鬼塚電気工事株式会社社長尾野盛に手渡され、徳丸生路が大日商事の株券購入のため昭和四六年一月一二日に尾野盛から借りていた一〇〇〇万円の借金の返済に充てられ、その一〇〇〇万円は二日後の同月一二日に尾野盛から福岡銀行大分支店へ借入金の返済に入金されている。また、尾野供述では、利息の一五〇万円も同月一〇日に支払われている。」旨の記載があり、また、<証拠略>により真正に成立したものと認められる<証拠略>によれば、昭和四七年六月一二日に二〇〇〇万円が事業団に入金された旨の記載があることに徴すれば、前期報告書中の手付金三七〇〇万円の全額が事業団に返された旨の記載部分はにわかに措信難い。次に右<2>の六〇〇〇万円の小切手の点について、<証拠略>により、光輪の当座預金口座から七月七日同社代表取締役安東の振り出した小切手により払い出されたことが認められる三七〇〇万円が事業団に入金されたことは前認定のとおりであるが、残りの二三〇〇万円については、<証拠略>を総合すると、尾野盛が、徳丸及び森の指示を受けて二三〇〇万円を預かつたうえ、内金二〇〇〇万円については、一八銀行大分支店においていずれも架空名義である西田大洋名義で一五〇〇万円、野田浩一名義で五〇〇万円の通知預金を設定させてこれを徳丸の支配、管理下におき、他方、内金三〇〇万円については、徳丸らの指示に従い、二〇〇万円を手数料名下に安東に手渡し、約一〇〇万円を謝礼等として尾野自身が受け取つたことが認められる。右事実に徴すれば、前記報告書中の、右二三〇〇万円を含む小切手金六〇〇〇万円全額が事業団に返されていることは確実である旨の記載部分はたやすく措信することができない。

なお、前記認定の本件土地の売却代金として事業団が嵯峨建設から三億三〇〇〇万円の入金を受けたとの点について、<証拠略>によれば、(1)同号証中土地関係支払明細と題する書面には、支払合計として三億四八八〇万四七九七円の記載があり、(2)同号証中土地売却代金受入状況と題する書面には、三億九三八二万一三六二円と記載されていることが認められるけれども、このことは、本件土地の売却代金から三億三〇〇〇万円を超える金員が事業団に入金されたことの証左とはならない。すなわち、<証拠略>には、<証拠略>は、今村正己が検察官の要請に応じ、昭和五一年二、三月頃安岐町農協の帳簿と照合のうえ、三億三〇〇〇万円が事業団へ入金された経路及びその支払状況について調査した結果に基づき作成したものである旨の供述記載があるところ、前記(1)の支払合計三億四八八〇万四七九七円が、本件土地の売却代金のみを源資として支払われた金額であることを認めるに足りる的確な証拠はないのみならず、同書面に記載の支払項目が昭和四六年頃から昭和四九年頃に及んでいることや、<証拠略>によれば、事業団はその間昭和四七年一〇月一一日に他の土地を一二五〇万円で売却処分していることが認められることからすれば、右土地の売得金のほか、本件土地の売却代金以外の事業団の収入も前記支払いの源資とされていたことが十分考えられる。次に、前記(2)の土地売却代金受入状況と題する書面に記載された三億九三八二万一三六二円が、そのまま本件土地の売却代金として嵯峨建設から事業団に入金された金額を示すものではないことは、次の事実から明らかである。すなわち、<1>同書面には、昭和四七年七月五日嵯峨建設より入金の五〇〇〇万円と昭和四九年三月二六日定期満期として五〇〇〇万円入金の記載があるが、昭和四七年七月五日入金の五〇〇〇万円は、<証拠略>によれば、事業団が同日安岐町農協に定期預金したものであり、これが昭和四九年三月二六日頃定期満期として払い戻しを受けたことが認められ、右定期満期の五〇〇〇万円は重複計上されていることが明らかであること、したがつて、<2>同書面に記載の定期預金利息一〇二万五一三〇円及び一五四万六二三二円を本件土地売却代金として算定、計上しているのは正確ではないこと、<3>同書面に昭和四七年一二月一九日嵯峨建設より入金として記載されている一一二五万円は、前認定のとおり事業団が他の土地を一二五〇万円で売却したこと、そして<証拠略>(不動産売買契約書)により右残代金一一二五万円の支払期日が同年一二月一五日と定められていたことが認められることからすれば、右土地の売買残代金の入金を示すものとみるのが相当であつて、本件土地の売却代金そのものとして加算すべきではないというべきである。

これを要するに、<証拠略>の各記載によつても、未だ、事業団が四〇〇〇万円の損害を被つた旨の前期認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」

二  消滅時効の抗弁に対する判断

控訴人は、前記認定の不法行為に基づく本件損害賠償債権は、右不法行為の日である昭和四七年六月四日から、又は今村が事業団の代表取締役に就任した昭和四九年八月三〇日ないし亡徳丸が起訴された昭和五〇年一一月二一日から各三年の経過をもつて時効により消滅した旨主張する。

そこで判断するに、民法七二四条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、同条で時効の起算点に関する特則を設けた趣旨に鑑みれば、被害者が法人である場合には、通常、法人の代表者が「損害及ヒ加害者」を知れば足りるのであるが、法人の代表者が加害者に加担して法人に対し共同不法行為が成立するような場合には、右代表者による損害賠償請求権の行使を現実に期待することは困難であるから、単に右代表者が「損害及ヒ」加害者を知るのみでは足りず、法人の利益を正当に保全する権限のある右代表者以外の役員又は従業員において、損害賠償請求権を行使することが可能な程度にこれを知つた時から時効期間が進行するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件は前示のとおり、亡徳丸は昭和四七年六月四日、当時事業団の代表取締役であつた森と共謀のうえ、事業団所有の本件土地を実際には嵯峨建設に対し三億七〇〇〇万円で売却し、その代金も同年七月五日までに森において受領しながら、外形上は、光輪を中間に介在させてこれに対し三億三〇〇〇万円で売却した形を装つて、その差額四〇〇〇万円を浮かせてこれを事業団に現実に入金せず、事業団に同額の損害を与えた、という事案であり、これによれば、右森が、共同不法行為者として「損害及ヒ加害者」を知つていたことは明らかであるが、昭和四七年六月四日の不法行為当時、同人以外の事業団の役員または従業員において右不法行為の「損害及ヒ加害者」を知つていたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。却つて、<証拠略>によれば、事業団の代表取締役森は、本件土地売却の件等を報告するため、昭和四七年六月六日株主総会を招集し、右総会には森及び亡徳丸のほか、事業団の取締役今村正己、同中井達男、同吉田勝善、同田辺康徳、同三浦義次並びに旧取締役であつた林止、荒木小作、藤原棟男ら事業団の関係者らが多数出席したが、席上、森及び亡徳丸は、説明用のメモ(<証拠略>)に基づいて、本件土地を真実は三億七〇〇〇万円で売却したにもかかわらず、これを秘し、三億三〇〇〇万円で売却した旨説明したところ、右出席者らは、これを異議なく承認し、右説明に対し疑義を述べる者はなかつたことが認められ、また、<証拠略>によると、本件不法行為の日を含む昭和四八年三月期の法人税確定申告として、事業団が同年五月三一日別府税務署長に申告したところ(<証拠略>)によれば、本件土地売却代金として三億三〇〇〇万円(<証拠略>)、及び本件土地以外の土地の売却代金一二五〇万円(<証拠略>)の計三億四二五〇万円から土地原価三億〇四〇五万七九三九円(<証拠略>)を控除した金額三八四四万二〇六一円を土地売却にかかる特別益金として計上していることが認められ、これらの事実に徴すれば、本件不法行為時においては、事業団の従業員を含む他の取締役らは、本件不法行為の加害者及び損害を了知していなかつたことが窺われる。<証拠略>には右認定に反するかの如き部分があるけれども、右証言部分は<証拠略>に照らしてたやすく措信できない。そして、<証拠略>によれば、亡徳丸は本件不法行為について昭和五〇年一一月二一日背任罪の刑事事件として起訴されたことが認められるところ、事業団の他の取締役又は従業員においても、少なくとも右起訴の時点では、損害賠償請求権を行使することが可能な程度に本件不法行為の損害及び加害者を知つたものというべく、従つて、右起訴の時点をもつて時効の起算点と解するのが相当である。

してみれば、控訴人の消滅時効の抗弁中、本件損害賠償債権は不法行為の日である昭和四七年六月四日から三年の経過により時効によつて消滅した旨の主張は失当であるから採用することはできない。そして、本件損害賠償請求権は、亡徳丸が起訴された昭和五〇年一一月二一日を起算日として三年の消滅時効が進行するものというべきである。(なお、控訴人は、消滅時効の起算点を昭和四九年八月三〇日又は昭和五〇年一〇月一四日とする主張もするが、右主張は後記時効中断の主張との関係で独自に主張する意義に乏しく、これについては判断しない。)。

三  時効の中断(再抗弁1(一)及び(二)の(1)ないし(5))等に対する判断

1  <1>被控訴人が本件租税債権を徴収するため、昭和五一年二月二七日事業団が亡徳丸に対して有する本件損害賠償債権を差し押さえたことはさきに認定したところであり、<2>事業団が昭和五一年三月三〇日亡徳丸を債務者として大分地方裁判所杵築支部に対し、本件不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全権利とする不動産仮差押命令の申請をし、同裁判所支部が同日その旨の仮差押決定(昭和五一年(ヨ)第二号)をしたことは当事者間に争いがなく、<3>被控訴人が昭和五四年八月二〇日亡徳丸に対して本件損害賠償債権の取立訴訟を提起したことは本件記録上明らかである。そして、<4>その後、前記<2>の仮差押決定が、昭和六一年八月二五日に言い渡された福岡高等裁判所昭和六〇年(ネ)第五九八号仮差押取消申立控訴事件の判決をもつて、仮差押債権者(事業団)の本案起訴命令懈怠を理由に取り消され、同判決は同年九月一一日に確定したことは当事者間に争いがない。

2  ところで、被控訴人は、前記<1>の差押により、請求債権である租税債権のみならず、被差押債権である本件損害賠償債権についても時効が中断した旨主張(再抗弁1(一))する。

しかしながら、債権者が債務者の第三債務者に対する債権を差し押さえても、その差押をもつて差し押さえられた債権についての時効を中断する効力は生じないと解すべきである(大審院判決大正一〇年一月二六日民録一〇九頁参照)から、本件において、被控訴人の右差押により、本件損害賠償債権についての時効中断の効力が生ずるに由ないものというべく、これと見解を異にする被控訴人の右主張は採用することができない。

3  次に、被控訴人の再抗弁1(二)の(2)ないし(5)について判断するに、右各主張はいずれも、国税徴収法による取立権者も、民事執行法上の転付命令を得た差押債権者と同様、民法一四八条にいう承継人に当たるとし、本件において被控訴人も事業団のなした前記<2>の仮差押による時効中断の効果を主張しうる、との見解を前提とした上、右仮差押(ないしこれに含まれる裁判上の催告)の効力の存続中に、或いは右仮差押が取り消された後でも仮差押登記が抹消される以前である昭和五四年八月二〇日に、前記<3>の取立訴訟が提起されたのであるから、本件損害賠償債権について時効中断の効力が発生し、持続している、というのである。

(一)  しかしながら、国税徴収法六二条の規定に基づき差し押さえた債権については、民事執行法上認められる転付命令に相当する手続はなく、取立権能が与えられているにとどまるのであり、そして、右取立権は、滞納者の承継人としての地位において取り立てるものではなく、国税徴収法六七条の規定により徴収職員に創設的に取得されるものと解するのが相当である。したがつて、国税徴収法六七条の規定による取立権者は、民事執行法上の転付命令を得た差押債権者と異なり、差し押さえた債権を、これにつき時効中断行為を行つた滞納者から承継した者(すなわち、民法一四八条にいう承継人)には当たらないというべきである。

してみれば、これと異なる見解を前提とする被控訴人の右各主張は、いずれも失当であるから、採用することができない。

(二)  のみならず、前記<2>の仮差押は、その後前記<4>の確定判決をもつて取り消されたことは前示のとおりであり、これによれば、右仮差押による時効中断の効力は仮差押のときに遡及して消滅した(民法一五四条)のであるから、右仮差押に依拠して本件損害賠償債権の時効中断をいう被控訴人の前記各主張(再抗弁1(二)の(2)ないし(5))は、この点においても理由がなく、失当というべきである。

もつとも、被控訴人は、右確定判決によつて前記仮差押が取り消されたことは、民法一五四条所定の差押等の時効中断効の障害事由には当たらない旨縷縷主張(再抗弁1(二)の(5))するけれども、この点に関する被控訴人の主張は、独自の見解というべく、採用の限りではない。

4  してみれば、被控訴人の時効中断の主張(再抗弁1(一)及び(二)の(1)ないし(5))は、いずれも理由がなく、失当というべきである。

四  以上の次第であつて、本件損害賠償債権は、亡徳丸が起訴された昭和五〇年一一月二一日から起算して三年後の昭和五三年一一月二一日の経過をもつて時効により消滅したものと認めるべきである。

五  よつて、これと結論を異にし、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるから取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高石博良 堂薗守正 松村雅司)

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